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ブログでも宣伝しておくか: ライトノベル合同誌Hybrid!2

Twitterでしつこいくらいに宣伝開始してますが、こっちでも宣伝やっておきますか。
決して、ブログのネタがないとかそういうわけじゃないよ!ないよ!

hybrid2_banner.jpg

バナークリックして頂けば、企画特設ページへ飛びます。

24人の作家、23人のイラストレーター、そして編集・デザイナーさんと一緒に本を作りました。
今回も間違いなくいい本になったと思います。

2/5のコミティア99にて、る09b「Project Hybrid.」で頒布。
他、通販も予定してます。

よろしくどうぞです。
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2012-01-30 : ラノベ : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

昨夜のMAGネット

11/5、24:15~NHK放送のMAGネットにて、ラノベ特集。
SD文庫からデビュー、Hybridにも寄稿頂いた我らが葉巡明治先生が登場されたので、全力で視聴しました。

そしたら、とあるシーンで、もちろん紹介された訳ではないのですが、
Hybridがバッチリ映っていて、意味不明のテンションになりました。
なんてサプライズ。

これは、人生で初体験の感覚でした……。

なんか、ありがとうございました。
2011-11-05 : ラノベ : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

時間の果てまでBoooon!!

というわけで、2011/5/25、「涼宮ハルヒの驚愕」発売。
全く予定してなかったのだけど、諸要因が重なって、秋葉原アニメイトの0時販売に行ってしまった。

諸要因とは、
①Twitter上で知人含むたくさんの人が、本日Amazonの発送連絡を受け取ってるのに自分には来なかった(実際まだ来ない)
②知人の一人が午後8時頃には入手して読み始めた
③残業が爆発していて、0時までオフィス(秋葉原)に残っている用事があった

ゲームとか、0時販売並んだことなかったのだけど。


とりあえず面白かった。

まず、23時半前に向かったのに、既に100人弱の人がいる。
自分は「予約してない人」で整理券63だった。予約してる人も入れて、100人くらい自分の前に居た。
後ろには倍以上並んだ。
ちなみに、自分みたいなスーツ着た人は20人に一人くらいだった。
ほとんど野郎の大学生。暇だな。
みんな買った後帰る手段ないだろうから、徹夜でカラオケにでも雪崩れ込んだんだろうか。暇だな。畜生。

23時50分くらいに店内に強制的に流し込まれた。
いつのものアニメイトが本当にハルヒ一色にデコレートされていて、店内はBGMかかってて、ハルヒコスした店員さんとかいて、カメラ構えた人がいっぱいて容赦なく写真撮ってくる。
0時までは、全員地下(※普段は売り場。片付けられていた。今日のため?)に押し込まれた。
0時の5秒前にカウントダウン&拍手。ちょっとにやけてしまった。

んでじゅんぐり列が流されて、買えました。
ちなみにステポとかタペストリーとか売ってた。
地味にステポコレクターなので、ハルヒと佐々木さんのステポをげっと。

本とステポの分として、アニメイトのオマケを二つもらった。
家に帰って空けたら、両方ともハルヒx古泉のカードだった。マッガーレ。

最寄り駅まで帰れる電車は当然なくなっていたので、目黒まで山手線でいって後は徒歩ってみたら45分歩いた。
でも、深夜の目黒はおいしそうなお店がいっぱいあることを知った。
そのうち行きたい。


さてさて、やっとタイトルに関するお話。
今回並んでる間なんかに、色んな事をを思い出したりした。
一番印象深く思い出したのは、4年と少し前の、「涼宮ハルヒの分裂」発売日(の前日)。
私の入社式の前日の3/31だった。
なぜか肩を痛めていた私はその日の午前中、整骨院に予約を入れていて、近くにアニメイトのあるところだったので、朝10時に(いわばこれも開店後即買いしてたね)買って、整骨院行ったら死ぬほど混んでて二時間以上待たされて、診察前に分裂を読み終わってしまったということがあった。

御存知ハルヒ大ブームの後の新刊だったから楽しみに買って、変な場所で一気読みして。
翌日から社会人で。
まあ色々と思い出深い一日だった。

あと思い出したのは、やっぱりアニメをリアルタイムで観てた頃だったなあ。
わけのわからん順番で放送されるし、まだ地デジ環境のなかった自分は録画しても画質悪いしで。
でもまあ、面白かったと思う。特に個人的には、サムデイインザレインだなあ。
初めてTVシリーズのアニメDVDを買ったのはハルヒだった。
ラノベのアニメ化してブレイクする大きな潮流を作ったのは、やっぱりハルヒだったと思う。


まあこうやって思い返すと、別にハルヒに限らず自分はやっぱりおたくなのだなあと思いつつ。
そんなに引け目に感じてないし、粋なおたくで在れたらいいなと思う次第。
人に迷惑かける低俗な人間になっちゃいかんよ。
でも、人を楽しませたり喜ばせたりするのに、貴賎はないっしょ。
少なくとも自分は就活で迷走してた頃、こういった業界の産物に大いに助けられた。


あの頃はぼんやりとしか考えてなかった夢も、今は曲がりなりにもはっきり口にするようになった。
まだまだへちょいかも知れんが、結構芯は通ってるつもり。
過去から未来まで、自分のストーリーを突き通してみようじゃないか。
2011-05-25 : ラノベ : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

人生万事塞翁が馬。紆余曲折を経て、
今は「ラノベ作家目指してます」と宣言する人間になってしまった。

どうしてこうなった?と何となく風呂で考えたことを、つらつらと書いてみようと思った。
タイトルは「夢」。
要するに、今まで「○○になりたい」って、いつどう考えていたのかな、と。

(※ものすんごい長文になりましたw)


記憶にある限り、五才くらいの頃は、電車の運転手になりたいと思ってた。
当時、よく東横線に乗る機会のあった自分は、
運転手がレバーを操作しているのを見るのが好きだった。

また、これは記憶にないのだが、親が言うには、
「ホームで電車を何時間見てても飽きない子だった」とか。
特に半蔵門線の紫色が好きだったらしい。
意味がわからない。

「鉄っちゃん」にならなくてよかったと、今は胸を撫で下ろすばかり。


次になりたい職業を意識したのは小学校4年生~6年生頃。
はっきり「漫画家になりたい」と言っていた。
小学校の卒業文集でも書いていた。はず。
毎日のようにガンダム、ドラゴンボールやダイの大冒険のキャラクターを描いていた。
ジャンプっこのように見えて、ジャンプは買っていない。

買っていた雑誌は、小学校低学年~中学年はコミックボンボン、高学年ではVジャンプと、
かなりアブノーマルなチョイスだった。
思えばそれが、今のオタクっぷりの基礎を築いたのだろう。
言うまでもないが、ガンダム大好き。
小学校の時に、一番たくさんガンプラ作った。


だが、何をどう間違ったか中高一貫の進学校に行ってしまい、ひたすら勉強を叩き込まれる日々。
そして中学1、2年の頃、週に一回「読書」の時間があり、
強制的に指定された本を読まされる時間があった。
大半の人は苦痛に感じたようだが、自分は指定図書はすらすらと(休み時間や家で)読んでしまい、
好きな本を読める時間になった。
この頃、読書の面白さを知った気がする。
ある意味、スパルタ某S学園に感謝するところの一つ。

そしてここでもオタク魂は生きていて、ガンダムの小説版を片っ端から読んだ。
ガンダムの生みの親である富野さんが直に筆をふるったノベライズ版。
ご存知の方には改めて言うまでもないが、富野監督の文章、世界観は他者に類を見ない独特なものなので、
知らない人には一読を勧めます。合うか合わないかはありますが。
スニーカー文庫の初期を支えた作品群の一つだと思う。
個人的に、「逆襲のシャア ベルトーチカチルドレン」と「閃光のハサウェイ」はバイブル。


というわけで、中高一貫の高校一年生。一番中だるみの時期。
将来の夢を訊かれると、「作家」と答える自分がいた。
多分この時にこのまま突っ走っていれば、
早期デビューを果たしていたか、路頭に迷っていたか、どっちかだったと思う。

しかし甘くはないのが中高一貫進学校。
都内某大学の文学部を志望校として出していたのだが、
「文学部なんて行っても将来の選択肢はそんなにない。まずは法学部に行ってみて、それでやはり作家になりたいならなればいいし、もっと違う色々な道も見えるはず」と言われ続け、親からも同様の事を言われ続け……
少なくとも現時点では後悔するところなのだが、志望を法学部へ変えた。

この頃から、受験勉強も苛烈を極め、将来の夢なんてものはブラックアウトし、
某大学合格だけがさしあたっての目標になった。


それで無事某大学に合格した。
そして最初は意気込んで、「司法試験に合格して、ゆくゆくは弁護士か裁判官かー」みたいなことを考えていたが。
結局、「法学部にいるから」しか理由らしい理由はなく、支え続ける強固な意志も興味もなく、
失恋とかも重なって、自分が将来何をしたいのか全然わからなくなった時期があった。大学3年の頃。
2ヶ月くらいほとんど授業もいかず、漫画喫茶に通ったりしてた。笑

ちょうどその頃に、高齢だった父が病気で他界した。
亡くなったこと自体は、そんなにショックではなかった。
むしろ10年以上病気で苦しんでいたから、お疲れ様という気持ちもあった。
ただ、別の意味で大きなショックを受けた。
それは、これが初めての身近な人の死という体験だったということ。

次第に痴呆症になっていき、体が弱っていき、でも最期には、穏やかに息を引き取った父。
人生の一つの終わりに臨み感じたことは、意外にも単純で、
「好きな事いっぱいやりたいな。笑って死にたいな」だった。


そこで改めて、自分は何をやりたいんだろうと考えてみた。
意外にすぐに見つかった。
答えは自分の部屋が雄弁に語っていた。いつの間にやら集まった大量の本と漫画がそこにあった。

さて、ここで取った行動が、大学の学部選択に続く重要分岐点その2である。
既に就活の時期が迫っていた自分は、己の世間体や、母親の世間体を意識してしまった。
漫画家や作家はいつなれるかわからない。
でももうすぐ大学生活は終わる。プー太郎は親が悲しむだろうし、かっこわるい。
でも本に携わりたい。

結果として、総合出版社の編集を目指すという、折衷案のようで、今思うに大暴投の選択をしてしまった。
ご存知の通り、編集者というのは、作家と同じくらい狭き門である。
ある程度自分の学歴が通用するのでは、という甘えもあった。
総合出版社の採用試験を受け続け、筆記は通っても面接で落ち続けた。

結局、総合出版社には受からず。
気がつけば、(失礼な言い方だが)、ごく普通の企業に就職するしか道がなくなっていた。


今の会社に受かりはしたものの、全く持って本意の人生展開ではなく、
目の前が真っ暗な感覚に陥ったのを覚えている。

でも、そこには同時に、一抹の夢のカケラが生きていた。
何かを書きたい、と。

全く持って浅い理由だが、一般企業のいちサラリーマンになる事が決まって沈み込んでいるときに、
毎日に活気を叩き込んでくれたのは、他でもないライトノベルだった。

そりゃあ他の名だたる文学作品に比べて、大したテーマは扱っていない。即物的なものがほとんど。
でも、そんなライトノベルにしか出来ない事だってある。
バカで常識外れで、底抜けに明るい世界を提供できるのは、ライトノベルや漫画の独壇場。
そう思う。

だから自分も、ライトノベル作家になろうと思った。
明確に思ったのは、今の会社に就職が決まった頃である。笑


それから3年が経過。
つい最近、「いつか作家になろう」と思っていた「いつか」が外れた。
理由は自分でもうまく言えないが、色々な事が絡みあったのだと思う。

・今の会社にあと30年居続ける自分を想像したら、絶叫したくなった
・いろんな知人がメキメキと己の道を突き進み始めた
・彼女いない。笑
・やっぱり好きな事をやりたくなった


だから、スタートを切った。
最大限執筆に時間をかけれるよう、会社の近くに引っ越した。(通勤時間短縮のため)
お世話になっている今の会社には本当に申し訳ないが、やっぱり全力で夢を掴もうと思う。

書き連ねてきたように、ここまではぶれまくりの人生だったけど。
もうぶれないぞ。
ゴールするか倒れるまで、諦めない。


P.S.
こんな長文書いてる暇あったら、原稿進めろ俺!!!
2010-05-26 : ラノベ : コメント : 2 : トラックバック : 0 :
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