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2014/9/8 呉探訪。大和ミュージアムだっ

9/8~9に広島へ旅行にいってきました。なにげに、初・広島です。
目的は……艦これにドはまりしているせいで、呉の大和ミュージアムに行きたくて行きたくて。
それをきっかけに、宮島やら平和公園やらも観てきました。
今回のブログは、呉探訪と題して、呉の見所をいくつか。

●呉駅
DSC_1896-blog1.jpg
呉駅です。
DSC_1898-blog.jpg
駅前から、こういうモニュメントがあったりします。
街全体が、かつての鎮守府や海上自衛隊、港の街としてアピールしていて、そういう雰囲気を持った街っていいなと思いました。
東京に住んでると、いろいろ便利ですけど、個性とか歴史という意味では、微妙なところも多いですよね。

●からすこじま
からす小島ですが、ガイドにはひらがなで書かれたりしてる場所です。
海上自衛隊の潜水艦等が係留されたりしています。
朝早くから起きて、大和ミュージアム開館前の時間を利用して行ってきました。
DSC_1906-blog.jpg
護衛艦の、「とね」さんと「あぶくま」さんがいました。もちろん、真っ黒な潜水艦もいました。

●歴史のみえる丘
「歴史のみえる丘」って場所なんですけど、大和が建造されたドックのある場所です。
DSC_1930-blog.jpg
写真に見える建物の中に隠しつつ、大和を建造したとか。
今はここは資材置き場みたいになっていて、IHIがドックとして使っているのは、この右側のエリアみたい。
DSC_1931-blog.jpg

周辺には、こういう碑もありました。
DSC_1962-blog.jpg
両脇には、長門の41cm鉄甲弾と、大和の46cm鉄甲弾。
碑には、大和の詳細スペックがびっしり書かれてました。

ここからちょっと歩いたところに、かつての呉鎮守府。今の自衛隊総監部があります。
DSC_1977-blog.jpg
かつての鎮守府の建物の一部は空襲で焼けたそうですが、残った部分はそのままに、今の建物に。
DSC_1978-blog.jpg
ここまで、朝7時~8時半でまわりました。

●大和ミュージアム
DSC_1991-blog.jpg
到着です。入り口は普通かと思いきや……

DSC_1998-blog.jpg
入り口の横で、戦艦「陸奥」の主砲、錨など、引き上げられた現物が青空の下でお出迎えしてくれました。
写真は主砲。スケールのわかるものを一緒に写真に入れるべきだったと後悔してますが、ちょーでかいです。

後ろから。
DSC_2000-blog.jpg

中に入りました。
今の企画展示で、「大和の進水展」みたいなのをやってて、大和や武蔵の進水式の様子をCG映像化したものなどが流れていたのですが、ぶっちゃけその映像よりも、展示がおもしろ過ぎました。
大和関係なく、いろんな当時の艦にまつわる品々、資料、エピソードや模型の展示がありました。

DSC_2056-blog.jpg
これからしばらくこういう写真が続きます。天津風や磯風進水の際の記念品、絵ハガキなど。
当時、駆逐艦だろうと戦艦だろうと潜水艦だと、進水式というのは一大イベントだったようですね。
軍人だけでなく、一般の人まで広く進水式に参加して、いろんな記念品が作られ、配られ(売られ?)、食事会のようなものが開かれたりと、とにかく大盛況だったようです。

DSC_2059-blog.jpg
長門。来賓1800人の立食パーティがあったとか。国民に慕われた艦ですしね。
それにしても、艦これでうちの艦隊に長門さんが来てくれるのはいつなんでしょう。

DSC_2061-blog.jpg
長門とくれば、陸奥。むっちゃん。絵ハガキもいろいろ作られてますね。

DSC_2064-blog.jpg
比叡の盃。もちろんこれだけじゃなくて、絵ハガキとかいろいろありました。
「ひヱ(?)い」の表記が面白くて、アップ。
他にも、「あをば」とか、「てんりう」とかありました。

DSC_2074-blog.jpg
大和の湯飲み。
ですが、大和は建造されたこと自体が秘匿されていた(国民が大和のことを知ったのは、基本的に戦後だそうです)ので、進水式も関係者だけで極秘裏に行われ、記念品もほぼ配られなかった模様。
この湯飲みのレプリカが今回の大和ミュージアムグッズで作られてたので、買ってきました。ええ、買ってきましたとも。

DSC_2087-blog.jpg
武蔵の香盒。とても格調高い品に見えますね。

DSC_2118-blog.jpg
駆逐艦「電」の絵ハガキ。戦前でも、やっぱりカミナリのイメージはこのギザギザなんですね。
当時のほぼ全ての艦の絵ハガキがあったんじゃないかってくらい大量に展示されてました。

ここの展示を観て思ったのは、「日本人って昔からグッズが好きだったんだな」と。
絶対そうだと思います。私は大好きです。

DSC_2126-blog.jpg
雪風。雪雪しい。

DSC_2129-blog.jpg
ここから常設展示です。1/10の大和。
この先、大和関連にとどまらず、艦船の歴史みたいな感じで、長~い展示がありました。
艦の名前の付け方の法則とか、金剛に載ってたボイラーとか、沈んだ大和から引き上げられた遺品とか、山口多聞さんの手紙とか、いろいろありました。
楽しんでゆっくり観て、写真もバシャバシャとったんですが、どうにもブログにうまくまとめあげるには莫大な記事と時間がかかりそうだったので、割愛します。
館内が撮影OKだったとは言え、あんまり全部ネットにあげてしまうのもどうかと思いますし。
艦がお好きな方や、艦これにはまってる方なら、間違いなく楽しめると思います。

DSC_2198-blog.jpg
一枚だけ、印象的だったので。海中に沈んだままの大和の、菊花紋章です。
タイタニックを潜水調査したチームが、大和を潜水調査したらしく(今まで知らず、ごめんなさい)、その様子をまとめたTV番組の映像を館内で流していたり、実際に引き上げられたものが展示されてました。
ひしゃげた副砲の弾丸や、船員の靴、飲料水を入れていた瓶やら、いろいろ。
「大和ホテル」とまで言われた艦内設備を持つフネが、真っ二つになって海底に沈んでいる。
艦橋は海底に刺さって船体に押しつぶされる感じになってめちゃめちゃなのに、象徴である船首の菊花紋章がはっきり残っているのは、なんだか不思議な気がしました。ここに大和がいたんだぞ、いるんだぞというのを、いつまでも主張し続けているかのようで。

大和コーナーから、他の兵器展示へ。
DSC_2241-blog.jpg
魚雷。これも写真が下手で申し訳ないんですが、すごく太くてでかい。
こんなのを横っ腹に叩き込まれたら、そりゃ大変なことになりますね。

DSC_2248-blog.jpg
零戦、実物。
本当に人一人乗るだけのスペースがあって、とっても小さい。

DSC_2259-blog.jpg
「歴史のみえる丘」にもありましたが、大和の46cm九一鉄甲弾と、三式弾。艦これではお世話になっています。
これを大和さんは左手で三つも握っていると思うと、大和さんってやっぱりめちゃくちゃでかい女の子なのかぁ……。

DSC_2262-blog.jpg
零戦に搭載されていた機関銃。

以上、ざっくりですが大和ミュージアムでした。
グッズは、湯飲みと、あと資料として大和関連書籍をどかどか買ってきました。
あんなにまとまって置いてあるのはここしかないかと。映像資料(DVD)もいろいろ魅力的だったんですが、DVDなのと、全部定価だったので……いつかAmazonで探そうかな。

●海上自衛隊呉資料館
大和ミュージアムの隣には、もう一つ、立派な資料館があります。
DSC_2272-blog.jpg
入り口に本物の潜水艦「あきしお」が置いてあります。
大和ミュージアムに入ろうとすると、視界にこれが入って、割と気が気じゃなかった。

中は、海上自衛隊の歴史やら関連資料がぎっしり。
ここに来て初めて知ったのは、「海上自衛隊は最初、機雷除去が主な任務だった」ということ。
太平洋戦争で、世界の海の各地で、機雷がとにかく大量にばらまかれたようです。日本近海も然り。
そのため、これらを撤去しないと安全な航海ができない……というわけで、自衛隊は機雷を撤去する仕事=危険な仕事をとにかくやってくれたのでした。殉職者も、何人かおられたようです。
そして今では、世界に誇る機雷撤去設備と技術があり、日本近海だけでなく、世界各地で今までにお仕事されてきたようです。

最後に。入り口にある潜水艦ですが、実は艦内に入れます。ちなみにこの潜水艦、平成初期まで実際に運用していたもの。
DSC_2283-blog.jpg
これは、艦長室。狭いですが、これでも一番広く、おそらく唯一の?私室。

DSC_2304-blog.jpg
潜望鏡。実際にこれで、呉の海を覗かせてもらえます。

ここまで13時。
呉でお昼を食べてから、宮島に向かいました。
宮島のブログは、また次回。
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2014-09-17 : 旅行 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :
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